若者が活躍できる社会へ(若者の生きずらさ)

今、10代の方向けの本を書いています。 そこで、10代の目線になってこの社会を見てみると暗澹たる気持ちになります。 そもそも、新型コロナの影響で閉塞感がある中で、補償としてばら撒いたお金の回収のための増税、医療費の負担増、年金不安など不安材料は枚挙にいとまがありません。 企業の方でも、最近、45歳定年制が話題となりました。 併せて、シニア人材の積極的活用も。 こういう話を見聞きすると思い出す言葉が […]

「後悔先に立たず」をどうすればいいか悩む(解消・克服)

「なんであんなこと言っちゃたんだろう」 「もっとこうしとけば良かった」 「またやってしまった」 後悔先に立たずとはいいますが、誰しも後悔してしまうことはあることです。 クヨクヨするな、と言われるほど、どんどんドツボにハマってしまいます。 しまいには、こんなにクヨクヨする自分に嫌気が指し、一層ネガティブに陥ることもあります。 私もよく後悔することがあります。 あの時こうしておけばよかった・・・なんて […]

専門家が言う科学とは仮説である

新型コロナ関連で良く聞くフレーズ「科学的な観点から・・」「科学的対策とは・・」の科学はほぼ仮説なのです。 歴史的に言うと、科学的根拠なんていうのは簡単に覆るものであるし、現在科学的と言われているのは数年、あるいは数十年後、非科学的の烙印を押されていることも否定できないのです。 科学の発展は仮説からまた新たな仮説を導き出し、それを検証するという作業を繰り返します。 だから、どこまでいっても仮説なので […]

親ガチャで人生のランクが決まるなんて考えない方がいい

どんな親の下に生まれるか、家庭環境に生まれるか。 容姿だけではなく職業や年収まであらゆることに影響を及ぼしていることは事実です。 体格や身長といったことはどうしようもありません。 やっぱり、お金でしょうかね。 一番の問題は。 「世の中お金じゃない」 「お金で幸せは買えない」 確かにそうかもしれません。 でも、お金で解決することができることが多くあるのもまた事実なのです。 一度、どん底まで経験してみ […]

親ガチャで人生のランクが決まるという考え(対処法)

最近、「親ガチャ」とか「審査員ガチャ」なんていう言葉を目にします。 ガチャってのはあの100円とか200円入れてまわすおもちゃのガチャのことですね。 バーをくるっと回して実際に商品が出てくるまで自分はどんな商品が当たったか分からないあれです。 「親ガチャ」とかで使うガチャは要するに運とか偶然という意味ですね。 (審査員ガチャというのは、何か応募して審査員が運悪くイマイチだったため当選から外れてしま […]

やりたいことがない方へ【仕事・転職・就活】(3)

これといってやりたいことが見つからなかった私はあるがまま、流れに身をまかせ、その時々、精いっぱい努力するという方針で生きることにしました。 学生時代は極貧でしたので、家賃2万のアパートに住み、いろいろなアルバイトをしました。 塾講師、ホテルの宴会部、コーヒーショップの店員、家電量販店の店員、警備員、テレビ局・・・など。 もちろん合う合わないはありました。 アルバイトをしていく中で自分の向き不向きは […]

やりたいことがない方へ【仕事・転職・就活】(2)

大学院へ進学した私はあるプロジェクトに参加することになったのです。 それは、簡単に言うと、「経営者は何をどのように学び経営者になったのか」という研究を行なうプロジェクトです。 そのプロジェクトでは、実際の経営者にインタビューを行ないます。 そこで、私は衝撃的ことを悟ることになりました。 どうして経営者になったのか。 その答えはなんと・・・「たまたま」 というものでした(笑) 「たまたま親が会社を経 […]

やりたいことがない方へ【仕事・転職・就活】(1)

私もやりたいことがない、見つからない人でした。 正直、今も研究者や作家がやりたいことなのかわかりません。 小学校の卒業アルバムに将来の夢という項目がありました。 特に無かったので「プロ野球選手」と書きました。 まあ、子どもながら夢は大きく書いて置いた方が、先生のウケもいいだろうなどと考えていましたね。 だって、「会社員」とか書いても、卒業アルバムっぽくないですしね。 そのことははっきりと憶えていま […]

拙著が韓国語版で出版されます

いつもご覧いただきありがとうございます。 拙著「Third thinking 最先端の脳科学・心理学研究が証明した“最強の思考法」の韓国語翻訳版が出版されることになりました。 ↓朝鮮日報の紹介記事です。

自分の頭で考える習慣を身に着ける(2)

自分で考える、思考することの重要性に気が着いたときのお話です。 それは10年前の東日本大震災の出来事に遡ります。 震災当時、私は福島県福島市に住んでいました。 原発事故のことは今でも忘れることができません。 あの建屋が爆発によって崩壊したシーンをテレビでリアルタイムで見ていました。 原発建屋の崩壊以後、放射能との戦いにさらされることになりました。 原発事故が起こった当初はまだテレビなどのマスメディ […]